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東北創価学会広布史

11月 「新世紀の歌」が誕生

 1961年(昭和36年)11月20日、東北本部(現・榴ケ岡文化会館)の落成式が行われ、席上、「東北健児の歌」が発表された。
 歌を聴いた池田会長(当時)は、「いい歌だね。東北も明るくなったね。この歌は全国で歌っていこう」と提案。歌の名称も「新世紀の歌」として生まれ変わった。こんにち、「新世紀の歌」は、広布の士気を鼓舞する歌として、全国各地で歌われ続けている。

 翌日、会長は数十人の同志と仙台の青葉城址に。
 遡ること7年前の1954年(昭和29年)、恩師・戸田第二代会長から「学会は人材をもって城となす」との指針を受けた"師弟有縁"の城址である。
 再びその地に立った池田会長は恩師を偲びつつ、「人材の/城を築けと/決意ます/恩師の去りし/青葉に立つれば」との和歌を詠んだ。
 以来、50数星霜。名誉会長は綴っている。「信念光る東北の同志の城、創価の人材の青葉城は、永久に難攻不落」と。

11月 「新世紀の歌」が誕生

(以下、随筆 新・人間革命 "「新世紀の歌」と東北"より抜粋)
 私は、「新世紀の歌」が大好きであった。東北の同志が作ってくれたことが、無性に嬉しかった。
 わが東北は、多くの苦難の道のりをも、雄々しき歌声とともに、今こそ、新しき世紀の夜明けなりと、威風堂々、出陣したのである。(中略)二十一世紀は、東北が広布拡大の突破口を開くのだ!一番苦労してきた東北が、勝利の模範、全世界の同志の希望になるのだ!