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東北創価学会広布史

7月 「東北広布の2大指針が発表」

 1961年(昭和36年)7月9日、池田会長(当時)が第1回の東北女子部総会・東北男子部総会にそれぞれ出席(仙台市レジャーセンターで)。
 その中で「広宣流布の最後の総仕上げは、きょう集まった東北健児によって仕上げをしていただきたいと、私は念願します」と語った。

 6年後の1967年(昭和42年)7月15日にも東北本部幹部大会に出席(宮城県スポーツセンターで)。「東北の同志の皆さんに、"人材の牙城・東北たれ"を旗印として、前進していただきたい」と語った。
 「広宣流布の総仕上げは東北健児の手で」「人材の牙城・東北たれ」
 ――この2大指針の完遂こそ、東北の使命である。

(以下、新・人間革命 第4巻「立正安国」より抜粋)
 伸一は、東北男子部の健闘を称えつつ、「広宣流布の総仕上げは、東北健児の手で成し遂げていただきたい」と、力強く訴えた。
 広宣流布の大事業は、一朝一夕に出来上がるものではない。それには、大樹がしっかと大地に根を張るように、粘り強く、時をつくり、時を待ち、一つ一つの物事を、完璧に仕上げていく着実さが求められる。その忍耐強さ、堅実さは東北人の優れた資質といえよう。ゆえに、伸一は、東北の青年たちに、広布の総仕上げを託したのである。

7月 「東北広布の2大指針が発表」