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東北創価学会広布史

8月 東北の歌「青葉の誓い」が誕生

 1978年(昭和53年)8月。
 厳しい風雪の中で今日の磐石な広布の基盤を築いてきた東北の友のためにと、池田会長(当時)が作詞・作曲したのが「青葉の誓い」である。
 8月6日午後、東京・信濃町の創価女子会館で行われた東北女子部の勤行会の席上、発表された。さらにその日、山形で開催された「置賜ふるさと祭典」でも紹介された。

 方面歌の中で、「作詞・作曲/山本伸一」とされるのはこの一曲だけである。

(以下、随筆 新・人間革命「山形の希望の春」より抜粋)
 山形は、あの卑劣な第一次宗門事件の渦中にも、雄々しき団結で立ち上がった。

8月 東北の歌「青葉の誓い」が誕生

 昭和五十三年の七月、まず県合唱祭を行い、八月六日には、「置賜ふるさと祭典」が昼夜二回にわたって開催された。置賜・米沢方面は、狡猾な坊主に最も苦しめられた地域であった。
 我ら戦わん! 山形の友の不屈の心意気を生命で感じながら、私は東京の地にあって一曲の歌を完成させた。
 それが、この日、発表された東北の歌「青葉の誓い」である。
 そして、必死に奮闘している山形の友にと、直ちに、会場の米沢市市民文化会館に連絡したのである。
 山形の同志たちは、心から喜んでくださった。そして、夜の部で必ず歌おうということになったのである。
 早速、本部から歌のテープを電話で流してもらった。それを録音して五線譜に起こし、短時間で懸命に練習した。
 そして、夜の部のフィナーレで、師弟共戦の師子吼のごとく、「青葉の森に 誓いたる……」と、声も限りに歌ってくださったのである。

 歓喜の涙、涙、また涙。
 これが、東北の天地に轟き渡った、初めての「青葉の誓い」の歌声であった。